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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)873号 判決 1963年6月26日

控訴人 田辺よし(仮名)

被控訴人 田辺信助(仮名)

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

(一部省略)

(5) 第三者の作成したものであり弁論の全趣旨によりその成立の認められる乙第二九号証の一、二、第三一、第三二号証、原審及び当審における控訴人各本人尋問の結果(原審は第一回)、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は長女千代子を出産(大正一四年一月一七日)した後まもなく被控訴人より性病を移された結果、不姙症となり、その後婦人病のため治療を受け、昭和一七年中(当時四一歳)子宮体部筋腫の診断を受け、昭和二五年七月中婦人病のため入院した。控訴人は、石橋町の家で被控訴人に対しその手術の相談をし、かつ、もし手術を受けて治癒した場合は上田富士子との関係を絶つよう申し出たが、控訴人は応じなかつた。その後控訴人は、前示離婚等の合意後の昭和二九年四月中婦人科医師より手術を受けたことが認められる。

(6) 前示認定(引用にかかる原判決の認定を含む)によると、双方が大正一四年初め頃京都に居住するようになり、被控訴人の事業は、控訴人の内助の功もあつて繁栄を見るにいたつたが、控訴人の性格が強く、被控訴人は昭和五年頃より大川たみ江と継続して情を通じ、昭和一四年頃より上田富士子を妾とし、その頃同女と同棲するようになり、本訴の提起された昭和二九年二月一〇日当時も妾関係を継続していた。他方、控訴人は大正一四年一月一七日長女千代子出生後まもなく被控訴人より性病を移され、その後婦人病で医師の治療を受け、昭和一七年中子宮体部筋腫の診断を受け、被控訴人が前示のように昭和一四年頃上田富士子を妾にした後の昭和一五年頃(当時被控訴人は四一歳、控訴人は三八歳)から双方は夫婦の交りを全く絶つに至つた。そして被控訴人の方が控訴人を嫌悪していた。ところが昭和二六年九月一三日双方は離婚の合意をし、かつ被控訴人はその財産の一部である前示不動産を控訴人に贈与し、同月中控訴人をその居宅より実力をもつて追い出し、同年一〇月八日控訴人は離婚の意思を飜えし同居調停の申立てをし、これに対抗して被控訴人は、同年一二月二七日離婚調停の申立てをし、昭和二六年九月以来今日まで一一年有余の間完全なる別居をしていることが認められる。

してみると、双方間の婚姻は、双方が昭和二六年九月中離婚及び財産分与の合意をした当時破綻したもの(民法七七〇条一項五号)と解するのが相当である。

二、離婚権の濫用

双方間の婚姻が昭和二六年九月中破綻したものであることは、前説示のとおりである。前示認定によると、その破綻は、一つには、控訴人の性格の強さ、したがつて双方の性格の不一致によるものであつて、破綻の責任は、等しく双方にあるものということができるが、二つには、双方の夫婦としての愛情の喪失、主として被控訴人の控訴人に対する嫌悪によるもの、すなわち、前示認定のように、被控訴人が昭和五年頃大川たみ江と継続して情を通じ、ついで昭和一四年頃から上田富士子を妾とするとともに松ヶ崎の旅館業を営む家屋で同女と同棲するようになり、他方、その頃から控訴人に日常面接することが少なくなり、かつ夫婦の交りを全く断絶してしまつたことによるものというべきである。又被控訴人は前示のように破綻以後の昭和二六年一二月以降離婚調停手続、本件訴訟手続によつて、少なくとも昭和三四年頃までは上田富士子と同居して妾関係を継続しながら、離婚を求めていたものである(しかも被控訴人があえて上田富士子を証人として、妾関係断絶の事実立証のための証拠の申出をしないこと、当審における控訴人、被控訴人本人各尋問の結果((控訴人はその一部のみ))によると、被控訴人は上田富士子との妾関係を未だ終局的に廃絶していないことが認められないではない)。およそ婚姻が破綻した場合、破綻した婚姻をあえて維持することは、婚姻の倫理性に反するものであつて、婚姻の維持によつて当事者が受ける法的拘束を免れさせるのが至当であるけれど、主として、みずからの反社会的行為(民法九〇条)に基づいて破綻を惹起せしめた者が、破綻によつて発生した離婚権を行使するのは、信義則に反するものと解すべきであり、それは離婚権の濫用にあたるといわなければならない。とすると、双方間の婚姻の破綻は、主として、被控訴人の上田富士子との妾関係の継続という反社会的行為によつて惹起されたものということができるから、被控訴人の本訴における離婚権の行使は、権利の濫用にあたり許されないものといわねばならない。もつとも、昭和二六年九月中控訴人が離婚の合意をし、かつ財産の分与を受けたことは前示のとおりであるけれども、控訴人はまもなく同年一〇月初旬前示のように離婚の意思を明白に撤回しているのであつて(届出前の離婚の合意が、法的人格者間の自由な合意である以上、規範的拘束性を有するにしても、夫が妾関係を継続していた場合、妻による離婚意思の撤回は、信義則に反するものでなく、肯認すべきである)、控訴人は被控訴人の上田富士子との妾関係を宥恕したものということはできない。又控訴人は、被控訴人より分与された財産を確保しているけれども、被控訴人が控訴人に対し扶養料を支給していない以上(右扶養料が支給されていない事実は、弁論の全趣旨によつて明らかである、控訴人が、その生活保持のため、右財産を確保するのは、むしろ当然であり、それだからといつて、控訴人が被控訴人の上田富士子との妾関係を宥恕したものと認めなければならないものではない。したがつて被控訴人の本訴における離婚権の行使が権利の濫用にあたることに変りはない(とすると、その結果いわば名目上の婚姻が維持されることとなるわけであるが、妻の扶養ないし相続の期待、妻という名にともなう精神的利益などを保護する合理的な必要がある以上、それはやむを得ないというべきである)。

三、結論

そうすると、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきであり、右と異る原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 裁判官 日野達蔵)

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